「完成だ!」
しんと静まり返った部屋に、喜びの声が響きます。
「名前は何がいいのかな?女の子らしくて、可愛らしい・・・。
アリ・ー・シャ、アリーシャ、君の名前はアリーシャにしよう。」
【ブロンドの巻き髪、大きな瞳、透き通るような白い肌。】
その容姿は、マーティーがずっと思い描いていた理想の女の子でした。
「アリーシャ、僕はずっと一人ぼっちだったんだ。幼い頃に両親が交通
事故で死んでしまって・・・。兄弟もいないし、友達もいなくて・・・。
でも今日からは一人ぼっちじゃない、君のことを大切にするよ。僕の名前
はマーティだ、よろしく。」
両親が亡くなる前に、誕生日のプレゼントでもらったロボットがマーテ
ィの宝物であり、たった一人の友達でした。
そんなマーティーは、成長するとともに自分でロボットを作りたいと思
うようになりました。いつしか、人間そっくりのアンドロイドを作りたく
なって、猛勉強ののち科学者になりました。
マーティーは、ろくに食事もとらずにアンドロイドの研究に没頭しまし
た。そして遂に念願のアンドロイドが誕生したのです。
どこから見ても人間そっくりで、人間ができることは何でもできました。
でも、今はまだ生まれたばかりの赤ちゃんと同じで、知らないことばかり
です。
マーティーは、アリーシャに色んなことを教えます。アリーシャは、マ
ーティーから聞いた言葉を繰り返して覚えます。
そんなある日、マーティーは、アリーシャに足りないものがあることに気
づきました。手も足も動かせて、話すこともできる。でも、普通の人間のよ
うに笑う、泣く、怒るという感情つまり、【心】がないことに気づきました。
「どうしてだろう・・・。」
マーティーは、アリーシャのプログラムを見て、何が原因か調べましたが、
分かりませんでした。マーティーは、あきらめずにアリーシャにいろいろと
試してみることにしました。
休日になると、近くの公園にピクニックに行きました。公園では楽しげに
遊ぶ子どもたちの声などでにぎわっています。飼い主の投げるフリスビーに
夢中な小型犬も楽しそうに遊んでいます。穏やかな休日の公園は、どこかほ
っとさせてくれました。
ぽかぽかと暖かい日差し、顔をくすぐるような心地よい風、どこからとも
なく漂ってくる花々の甘い香り・・・。アリーシャがふれあえるものは、た
くさんありました。
「そろそろ、お昼ご飯にしようか、アリーシャ。」
マーティーは、手作りのサンドイッチをアリーシャに手渡しました。二人
でサンドイッチをほおばっていると、どこからともなく子犬が近づいて来ま
した。
「クーン、クーン。」
と無く子犬は、お腹を空かせているようでした。
「ちびちゃん、ミルクをどうぞ。」
マーティーは、とっさに手のひらをお皿のような形にして、持ってきたミ
ルクをそそいで、子犬に飲ませました。なんの警戒心もなく、ペロペロとミ
ルクをなめる子犬は、とても可愛らしく、愛おしく感じられました。そんな
子犬をアリーシャはただ、じっと見つめていました。子犬はすぐにマーティ
ーになつきました。
夕方になって、マーティーとアリーシャは家に帰ろうと辺りを見回しまし
たが、飼い主は見つかりませんでした。しかたなく、子犬を連れて家に帰る
ことにしました。
まだ、子犬だということもあり、マーティーは、かいがいしく子犬のお世
話をしました。そんなマーティーを見てアリーシャは、嫉妬しました。いつ
も、自分のことだけを見てくれていたマーティーでしたので、とても淋しい
気持ちになりました。
そんなある日、マーティーが出かけたことを確認すると、アリーシャは子
犬を連れ出しました。そして、遠くの森の奥に置き去りにしました。
家に帰ると、マーティーが家じゅうを歩き回って子犬を探していました。
「アリーシャ、子犬がいないんだ。どこに行ったか知らないか?」
アリーシャを見るなり、慌てた様子で声をかけてきました。
「私も探していたのよ。お掃除をしていたら、いなくなってしまって・
・・。」
アリーシャは、嘘をつきました。胸の奥がざわざわとしました。
「一緒に、ちびを探しに行こう。」
マーティーの子犬を必死で探そうとする姿に、罪悪感を感じながらも自分
のことだけを見ていてほしいアリーシャは、じっとこらえて黙っていました。
子犬と出会った公園や、子犬が行きそうなところは探しましたがみつかり
ません。何日たっても、子犬は返ってきませんでした。
ふたたび、マーティと二人きりで暮らせることができるようになったアリ
ーシャは生き生きとしていました。子犬がいなくなってから、元気のないマ
ーティに、色々と話しかけます。
「ねぇマーティー、このお洋服私に似合ってる?」
「私にお料理を教えてくれる?」
「今度のお休みの日は、どこに遊びに行くの?」
子犬がいなくなったというのに、子犬のことを何も話さないアリーシャを
変だと思うようになりました。アリーシャの異変にようやく、気づくマーテ
ィーでした。
(アリーシャに、感情が芽生えたのかもしれないな。)
マーティーは子犬のことが心配でしたが、なるべく考えないようにしまし
た。マーティーもアリーシャとの穏やかな暮らしを望むようになりました。
今まで家族と暮らしたことがなく、ずっと孤独だったマーティーにとって
アリーシャとの暮らしはとても幸せでした。心に感情が宿ったアリーシャと
マーティーは恋人のようでした。
しかし、何年かの時が流れていくうちに、幸せなはずのアリーシャとマー
ティはお互いに不安を感じるようになりました。
アリーシャは、自分が人間ではないので大好きなマーティーの子どもが産
めないことに気づいて、人間の女の子に憧れるようになりました。
マーティーは、いつか自分が死んでしまったらアリーシャが一人になって
しまうので、アリーシャを作ったことが正しかったのか、自問自答するよう
になりました。アリーシャはアンドロイドなので、永遠に生き続けるのです。
マーティーは悩みごとがあると、いつも訪れていた森へ出かけました。森
の中をしばらく歩いていると、
「キャン、キャン。」
と、吠える犬の鳴き声が聞こえました。その声は、昔どこかで聞いたこと
があるようでなつかしい気持ちになりました。犬の声をたどっていくと、声
の主に出会いました。森の中で出会った犬は、マーティーを怖がることもな
く足元まで近寄づいてきたかと思うと、マーティーの手をペロペロとなめた
のです。見覚えのある犬の毛色を見て、ずっと会いたかったちびだと思いま
した。
「ちびなのか?生きていたのか?」
思わず、マーティーはちびを抱きしめます。ちびは立ち上がってマーティ
ーの顔をペロペロとなめます。ちぎれそうなくらいに、しっぽをふりつづけ
ました。ちびの背中を何度もさすり、泣きながら再会を喜びました。
ちびには、家族がいました。奥さんと、4匹の子犬を連れていました。
マーティーが、ちびとちびの家族を家に連れて帰り、アリーシャにちびが
見つかったことと、ちびの家族を紹介しました。
ちびが生きていたことを知り、ほっとしたのと同時にアリーシャは自分の
犯した罪の重さに耐えられずに泣き出しました。
「ちび・・・ごめんなさい・・・。」
ちびに嫉妬して、森に置き去りにしたことをマーティーに伝えて謝りました。
素直に謝るアリーシャをマーティーは許しました。
マーティーも、アリーシャも、ちびが生きていてくれたことを心から喜び
ました。ちびが生きのびて家族ができたことで、改めて命について考えまし
た。無駄にしていい命なんて、ひとつもないのです。今を精いっぱい生きれ
ばいいということを、ちびとちびの家族に教えられたのでした。
もう、マーティーにもアリーシャにも迷いはありません。アリーシャは自
分にしかできないことをしようと思い、マーティーは、アリーシャをこの世
に誕生させてよかったと思えるようになりました。
ちびとちびの家族と一緒に大家族で、暮らすようになったある日のこと、
久しぶりにみんなでピクニックに行きました。
森の中を流れる小川のほとりで遊んでいた時に、小川の水を飲もうとした
子犬が一瞬にして川に落ちてしまいました。
「キャイーン・・・。」
子犬は手足をバタバタと動かして必死でもがきます。
「ちびっ!」
っと、アリーシャが叫んだ次の瞬間に
「ドボン!」
という大きな音がしました。子犬を助けようとしてアリーシャが川に飛び
込んだのです。
「アリーシャ!」
マーティーが叫びました。子犬とアリーシャを助けるために、マーティー
も川に飛び込みました。
アリーシャは急に流れの早くなった川で、なんとか子犬に追いつき精いっ
ぱいの力で子犬を川岸に上げました。そこで、力尽きそうになったアリーシ
ャをマーティーが支えます。
マーティーに助けられたアリーシャでしたが、アンドロイドであるアリー
シャの体の機能が瞬く間に壊れていきます。
「ち・び・が・・・た・す・か・っ・て・・・よ・か・っ・た・・・。」
これがアリーシャの最後の言葉となりました。
「アリーシャ、僕をひとりにしないでくれ。アリーシャ~!」
マーティーの願いも届かず、アリーシャの全機能が停止しました。マーテ
ィーは泣きくずれました。
やがて、天国に迎えられたアリーシャでしたが、すべてを見ていた神様は、
「マーティーを、またひとりぼっちにしてはいけないよ。」
と言って、アリーシャを人間の女の子に変えて、マーティーのもとへ返し
ました。
ふたりは、命つきるまで仲よく暮らしました。
おしまい。
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